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■ 網走港(南提)
6月6日 「大変だー寝坊したー!」レガオさんの声に目が覚めた。自分の寝床の嫌な匂いに20代の頃に一度経験の
あるあれだと分ったが、ひどい二日酔いになすすべもなく、二人に片付けまでしてもらう。とりあえず大急ぎで歯磨き・洗 顔だけ済ませて車に飛び乗った。猛スピードで前を突っ走るレガオさんを見失わないように追走し、なんとか埠頭に着 いた。 ![]()
すでに同乗する方たちがクーラーボックスやロッドケースをひとまとめにして待っていたが、いっぺんには乗り切れない
らしく、私たちは後に回してもらった。キッシーさんもすでに来ていたと思われるし、話もしたのだろうが、今思うにそんな 記憶も全くなかった。後で自分が撮影したビデオを観て初めて、その時の状況が何となくではあるが思い出せた。私は 港を見て歩くふりをしながら撒き餌をしていたが、それはバレバレだったようだ。
それでも、忘れ物もなく無事乗船して、朝焼けの中を無意識のうちにビデオカメラを回しながら、気分だけは最高だっ
た。この時間が満潮だったので沖提への上陸は容易で、下船した一番近い場所が私たちの釣り場となった。
たが、ホッケやコマイも丁度良い型のものが少し釣れた。朝方はガヤやメバル、ハゴトコも型は小さいが釣れるので、 リリースしていると隣のおじさんは「それ美味しいのに逃がしちゃうの?」と言っていた。
隣にいたおじさんたちも気さくな方たちで、魚が釣れるたびにこちらを見て話しかけてくれた。
私も投げてすぐにアタリがあり、いい引きしてるなと巻いてみると型の良い宗八がダブルで釣れることもあった。宗八も
30cmを超えると結構重いし、先週のように根がかりの心配も少なかったので、巻き上げる楽しみもあった。
よろよろと低い壁を登って背面のテトラポット側でブラーを投げてみると、やや根があるところでスシンという手ごたえの
後ぐんぐん引きはじめた。 ![]()
これはホッケだと確信して巻いてみると、前回よりもやや固めの竿のせいか手ごたえ以上のホッケが上がってきた。
私としては今回の釣りではホッケが最高の魚であり、どちらかというと宗八カレイは外道になる。ホッケを釣ったうれしさ
に気分の悪さも忘れ、釣り場に戻ってスカリに入れてから、再び2匹目のホッケを狙ってテトラに戻ったが、動いたのが 悪かったのか胸が悪くなってしまい、ホッケの撒き餌を始めてしまった。しばらくは動けずに目の前にいる釣り船を見な がら横になっていたが、時々は気合だけでブラーも投げていた。
前回のビデオ撮影に気を良くしていた私が今回はもっと気合を入れて撮影しようと思っていたのだが、このような状態
に全くダメダメな自分をどうすることもできず、何もしていないのに空しく時間だけが過ぎていった。
9時を過ぎると魚のアタリも遠のき、釣れる数も少なくなり始めたが、この頃になって少しだけ体調が良くなってきた。し
かし食事ができるほどではなく、この状態でこうして釣りをしている自分を元気だなあと思うほど体は自由ではなかっ た。しかも、遠くへ投げた方がいいみたいだとレガオさんが教えてくれるも、ラインが足りないというジレンマに口惜しが っていた私は「如何ともしがたく絶望的なり・・・」討ち死にの気分だったことはお分かりであろう。しかし、それ以前にアタ リをとるという簡単な余裕すらなかった。 ![]()
11時に船が迎えに来るというので、30分前からゆっくり片付け始め、11時前には全員が船着場に集合した。
初めに奥の人たちが港へ向かい、出発後荷物を下に降ろす作業をしたが、レガオさんのクーラーが明らかに一番重か
った。干潮の時間だったので随分下に船が着き、船までは一人一人慎重に足場を確かめるように降りて、全員が乗っ たところでゆっくりと船は沖堤を離れた。乗っている時間は5分ほどだろうが、ベタ凪の海面を揺れもほとんどなく、すご いスピードで疾走し、カメラのレンズに水しぶきがかかるのでは思われるほどすぐ近くまで飛びはねていた。場所によっ ては防波堤の壁すれすれに走るので、まるで羽田からのモノレールがビルすれすれに走るようなあんなスリル感があ った。
連絡があった。この時はすぐに計算できたので「道の駅丸瀬布」で落ち合うことになった。横になっていたせいで少し気
分も良くなった頃、丸瀬布に着いた。日曜だけあって駐車場は混雑していたが、それらしい車はまだなかった。3分ほど してから左から走ってきてウインカーをあげている車を妻が見つけた。メガ弟さんとは10ヶ月ぶりの再会であったが、 電話やメールなどで頻繁に交流があったので、何の違和感もなくお話をすることができた。
4時25分の「釣〜リング北海道」を観たいというメガ弟さんだったので、記念写真を互いに撮りあってから「次は釣り場
で会おう」の言葉を最後に、それぞれ反対方向に車を走らせた。
メガ弟さんとお話をして元気が出た私は、この日初の食事である朝食用に用意しておいた納豆巻を食べることができ
た。僅か1本の納豆巻ではあるが、生き返った気がしたのは大げさではない。自宅に着いてすぐに横になり、暗くなるま で眠ってしまったが、夕食はきちんととることができた。辛い一日ではあったが貴重な沖提初経験となり、釣ったのはほ とんど妻だったので、近いうちにもう一度行きたいとすぐに考え始めていた。
■ 苫前港
6月13日 楽しくて辛かった網走から1週間、不完全燃焼のこの状態を早く脱したかったので、苫前港で大物を狙うべ
く、早朝2時半に目覚ましがなった。
睡眠時間は4時間ほどあったので、なんとか目は明いた。外を見ると山際がほんの少し明るくなっているだけでほぼ真
っ暗だった。昨夜降ったのか、水滴が窓ガラスに着いていて寒そうだった。なかなか明るくならなかったが、3時過ぎに は意を決して外に出てみると、霧雨が降っていて少しだけ明るくなり始めていた。ライフジャケットの中のカメラ類が心 配しながら、自転車に付いている小さなライトの灯りを頼りに港へ向かった。
といえばそうでもなく、どうでもいい外道は釣れていた。しかし本命のカレイ類が全く釣れなかった。
曇り空で、強い風に生き生きと廻る風車の方角にあるキャンプ場を目指してペダルを踏んだ。
帰る途中、時間があったので留萌港に寄ってみた。残っていた生イソメはまだ元気一杯、やっぱり動かない塩イソメが
いいなあと思いながら2本の竿を出した。
青空は空の半分以上になり、後方からの風は気にならず快適ではあったが、周りを見るに釣れている様子はほとんど
なかった。どこからか風に乗って運動会と思われる音楽とそれらしきスピーカーの声が流れてきて、時々竿先の鈴の音 も対面300mの距離からも聞こえてくる。
妻は相変わらず車内で眠っていて釣りをする気はない様子だった。
1時間半ほどのんびりと竿先を眺めていたが、一度だけかすかなアタリがあっただけで全く何も釣れなかった・・・。私の
周囲でも何も釣れていなかったので、すぐに納竿してその場を去った。
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