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■ 網走(第五埠頭)
8月27日 準備万端整えて19時前に出発した。あらかじめキッシーさんやレガオさんからも網走情報が入っていたが、
すべてが良くない知らせであった。波は高く濁りもきついので、帽子岩は無理ということでポンモイしかなかったが、釣り 場所があるかどうかもままならない状況であった。それでも行かねばならなかったのは、ただサケが釣りたいという気 持ちだけだったのか、みんなとおしゃべりがしたかったのか、自分でも判らなかった。
空には満月に近い月と星が輝いていて最高の出発となったが、高規格道路の終了地点辺りから雨模様になった。さら
に遠軽が近くなると本格的な雨に、頭の中ではあれこれと考えを巡らせていた時、ふと思いついたのが、日曜の所用を 土曜にしようということだった。早速、安国の駅前に車を止めて仲間に連絡を入れた。
すでに網走入りしている師匠は別として、キッシーさんもレガオさんも私の到着を待っているし、それを聞いて出発しよう
としていたチカさんにも丁重に謝った。
1時間ほど走って引き返すのは・・・と思われるかもしれないが、知床へ行く4時間を考えれば散歩程度の距離になって
しまっていたので、何の躊躇(ちゅうちょ)もなく引き返すことができた。自宅に戻ると、やっぱり静かな月夜であった。
8月28日 15時25分に再出発!昨日よりも更に良い天気で、暑いくらいの日差しがまぶしかった。出発前に入っていた
情報では、帽子岩の波は納まっていたが濁りがとれず、ゴミや海草が漂い釣りにはならないようだった。この朝フンベ に行ってマスを4本釣ったというチカさんが、ポンモイにいる師匠夫妻と一緒にサケを狙っていたところ、結構な数のサ ケが釣れていたらしく、キッシーさんもチカさんに途中から呼び出されて釣りをさせられていたと言う話だった。師匠は朝 の帽子岩を確認後の釣り場確保だったので、朝マズメには間に合わなかったそうだ。
途中、佐呂間町のセブンイレブンが開店していて賑わっているのを横目に通り過ぎ、常呂が近くなったところで師匠か
ら電話があった。どうやら奥さんがサケを釣ったそうで、自分はアタリもなくウグイとゼブラーマンだけだと言う。
なってくると月明かりが海面に太い筋を作って見えて、穏やかな港内に詩でも詠みたくなるような夜景を見せてくれてい た。
レガオさんが緊急購入した11フィートのロッドを3人で素振りしていたが、傍から見ると変な奴らにみえたろうが、私たち
は真剣にその性能や今後の自分たちの道具に対する、参考となるべく研究をしていたのであった。車内にキッシーさん とレガオさんがやってきて、夕食を食べながらの研修会は楽しく、翌日は勿論であるが、シーズン全体を考えた話となっ た。
たのか酒のせいか「これでネーちゃんも釣れるべ!」と訳の判らないことを言いながらヒッカケ針を出してきたので、そ れはダメダメと言っておいた。
通常、隣に入釣している人は夜が明けてから初めて顔が判るものだが、この隣の人がどんな人なのか判らないのは不
安なもので、この夜の様に先に知っておくと大変良い。自分の確保した場所やそれを示す道具の心配など、少なから ず和らげられるし、朝の挨拶も気軽にできるからである。勿論、同じ目的を持つ仲間意識が湧いてくるからかもしれな い。そんなこんなしているうちに時間は経過していたので、睡眠時間を心配して早く寝ることにした。23時30分には寝て いたと思う。
8月29日 港内の釣りはゆっくり寝ていられるのが最大の強みで、それでも3時の目覚しで早々と起きた。まだ暗いので
ゆっくり準備を始めていると、妻も珍しく自分でセットした早めの目覚しに起きだした。近くの中型漁船のエンジン音が 大きくなって騒々しく思っていると、いつの間にか2艘とも出港したようだった。そして、あっという間に数十台の車で埋ま ってしまっていた。
外に出るとレガオさんもいつになく起きていて驚いたが、キッシーさんや師匠夫妻はもう外の準備を済ませていた。
ここも例外ではなく、周囲ではルミコを付けたウキが早くも海面を漂っていて、知床連山から明るくなり始めた空を見な
がら、もう少し明るくなるのを待っていた。
なんとかウキが見える状態なってからキャスティング開始!私は執拗に「こんなところで本当にサケがバンバン釣れた
ら面白いだろうなあ・・・」などと考えながらキャスティングしていると、近くでヒットしていたのはサケであった。そんな光景 を見るとメラメラと釣りたい気持ちが燃え上がってきて、力は入るが向かい風にキャスティングはしにくかった。
完全に明るくなっていない時間帯だったが、やっぱり師匠は凄い、サケらしき魚をヒットさせていた。・・だが、昨日から
の不運を引きずっていたのか、直後に師匠のロッドは直立していた。バ・ラ・シ・・・。
った。
ようやく目の前に寄せてキッシーさんがネットに入れようとした瞬間に針が外れてしまった・・・しかし、サケはネットに入
っていた。横で見ていると網に入らなかったようにも見えたので一安心であった。ブナがかったサケだが、この時期のブ ナザケは「網走ブナ」という美味しい赤身の立派なものである。ただ、タモ入れしてくれた人が悪かった。というか、魚は 上がったが釣ったのではないという判定をされてしまい、もっと悪いことには、タモ網で掬ったことになるので「これは密 漁?」などという、とんでもない汚名を着せられていた。しかし、キッシーさんの攻撃はこれだけでは済まず、前回のレガ オさん1本目のサケにも及び「マス狙いで、たまたま釣れたのがサケだったので、あれは外道であり、ウグイが釣れたも 同然!そんな魚をカウントできない!」すごいこじつけにも思えるが、その場で聞くと妙に納得できてしまうから不思議 だ。
レガオさんはキッシーさんがサケを釣るまで、このような難癖を言われてしまうことを知っているので、「だから早く釣っ
てよー!」何度も叫んでいた。 ![]()
師匠ファイト中
そんなドタバタ騒ぎがあってからいくらも経っていない4時55分だった。今度は師匠の数百本釣ったという腰がないロッ
ドがきれいに弧を描いていた。ウグイでもきれいな弧を描くといううわさもあるが、とにかくヒットしていた。オスサケのよ うで、走る・走る・走る!巻いても巻いてもなかなか寄せることができなかった。タモにサケを入れる段階になっても、あ まりにいい走りっぷりだったので、師匠の奥さんが腕に無理はできないことを忘れてしまっていて、助けることができな かったほどだった。サイズは忘れてしまったが銀ピカのオスであった。これが師匠の今シーズン初サケとなり、昨年より も2日早かった。昨日ほどではないらしかったが時々釣れていて、周囲でもマスよりサケの方がたくさん釣れていたもの の、バラシている人も多かった。マスはヒットしてからも潜りこんでいてなかなか姿を見せないので、ヒットしてから深く潜 っているのはマスだと判るほどだった。
てあげて、今年も妻が私よりも早くサケを釣るという結果になってしまったのだ。80cm・4,9kgは立派な大きさであっ た。 この時のタコベイトは自作改良型のもので、小さい針が少し頼りなくも思っていた私に自信をつけてくれた。
ると、20cmほどの長さの差が、とんでもなく大きな差に見えてしまうのである、そんな差が妻のマスへのなめきった態 度として現れるので、先にマスを釣ってほしかったのだが、今シーズンは後先逆となってしまった。それでも鱗が飛び散 るほどの銀ピカのメスだったので、妻も少なからず喜んでいた。
それから随分と長い時間周囲もなかなか釣れていない時間が流れていて、目の前を走って帰港するサケ・マスの漁船
が、随分と船体を沈ませて港内に次々と入ってきていた。
潜水艦みたいだなあと話していたほど魚は大漁だった様で、時化の為に出漁できなかったので日曜出漁だったそう
だ。水揚揚所は活気でみなぎっていて、次々と入ってくる漁船が水揚げの順番待ちをしていたほど沢山のサケ・マスが 水揚げされていた。
すでに沢山のサケが入っていて、道理でここの港でもこんなにサケが釣れる筈だと納得していた。魚を降ろした船は再
び沖へ向かうので、こんなに騒々しい場所で魚が釣れるのは不思議な気分でもあった。
78cm・4、4kgのメスサケは充分な大きさで、やっぱりサケはいいなあ!今シーズンも楽しむゾーという想いがじわじわ
と私を高揚させていた。
そんな感慨深いものをかみしめていた私だったが、打ち消すように、5時56分にはこの人がやってくれた!
師匠の奥さんにヒットしており、格闘中の姿が目に飛び込んできたのであった。奥さんは時々ふっと車から出てきてサク
ッと釣ってしまう人であるが、今回もそうだった。師匠のタモは埠頭の干潮時にはやや短めで、少し前かがみになりがら 無事ネットインすることができた。上がった後、魚に掛かった針を外そうとしている師匠を見守りながら、それでもロッド をしっかり立てている奥さんの姿が印象的であった。
であった。このことは少し後になってから、私だけ違うルアーであることが判明するのだが、随分と色が落ちるなあと思
っていると、レガオさんが「これダイワのルアーだよ・・・。」そういえば思いだした、昨年はげやすいダイワのルアーの塗
装を全部はがして、自分で塗ったものだったということを・・・。偽物でも釣れたから、まあいいや!
この後はサケはいなくなってしまったようで、時々マスがホントにたまに釣れる程度だった。私たちの隣にいた夫婦のご
主人にヒットしたマスは、ドラグが緩かったせいもありなかなか浮かんでこなくて、奥さんの持つタモも、口径が小さく短 いのでなかなか入らなかった。横で見ていた私も見かねて自分のタモを持って行き、魚を掬ってあげた。この一件で、 妻が力んでキャストして切れた仕掛けを回収する際には、このご夫婦の目の前を漂うウキをタモで掬い上げるまで協力 してくれたのだった。
7時半過ぎには、〇×会社の社長だと言う恰幅(かっぷく)の良い中年男性が現れて、「サケ釣りは詳しいから竿を貸し
てくれ!」と、無理やり師匠のロッドを奪って振りはじめてしまった。しかも手に匂いが付くと困るからエサまで付けてくれ という始末。
か釣れていなかったそうだが、ここポンモイはマスも入れると40本は釣れていたと思われる。
8時半にはこれから仕事と言うキッシーさん、そしてレガオさんが帰ってしまった。左横の少し離れたところでウキをつけ
ないでキャスティングしていた人にヒットしたが、持っていたタモが短くて小さかったので、師匠が自分のタモを持って駆 けつけた。半分マスが入ったタモごと掬い上げて無事釣れた光景は、初めて見たタモがタモを掬ったものであった。
この後にはコマさんが現れて、私たちの釣果と朝の「釣れた!」という話に驚いていた。
フンベで釣っていたそうだが、さっぱり釣れずに帰ってきたそうで、こんなことならここで釣ればよかったと、夕マズメに
できないこれから行くきのこ取りを恨めしく話していた。コマさんが見せてほしいと言うのでスカリを上げてみると、一緒 に海中から北海シマエビの子供も上がってきた。こんな所にも北海シマエビがいたんだと意外であった。
そして師匠も10時前には納竿してしまい、特にすることもない私たちだけがまったりとした釣りをしていた。
しばらくして、近くのトイレに行ったときだった。足元に落ちていた財布を拾って中をみると大金が入っていたので、すぐ
に警察に電話をした。しばらくすると警察から電話があり、持ち主が警察署に来ていると知った。待たせるのも気の毒 なので片付けを始めると、隣にさきほど入釣した家族が、私の引き上げるスカリに気付き「お魚見れるよー」と子供を呼 んでいた、「うわーこんなの釣れるんだねー!」と言ってやる気を出していたり、関西なまりのある観光客風の人たちが 「こんなん大きな魚がこんなところで釣れるんやねえ・・・」などと驚いていたのは、少しだけ誇らしいような照れくさいよう な気分であった。
網走署に行ってみると、担当の警察官が丁寧な受け答えで書類を作成して、その後、落とし主が現れて無事受け取っ
ていただくことができて安心して、ちょっといい気分で網走を出発することができた。
途中の常呂漁港にたくさんの車が停まっていたのが気になっていたので、昼食の後に行ってみると、外海・港内にそれ
ぞれ20人以上の釣り人がいた。だが、釣れている様子は全くなかった。
20℃程度の涼しい網走とは違って内陸は26℃と暑いくらいだった。自宅に帰ってから早速、先日研いだばかりの切れ
味鋭い出刃包丁に活躍してもらい、3本の魚をさばいた。見事なサケの筋子とおいしそうなマスの小さな筋子に網走ブ ナの赤い身が、今シーズンのサケ釣りの期待を高めてくれていた。
今回不運にもたった一人釣れなかったキッシーさんだが、私は全く何の心配もしていなかった。いくら上手でも運には
勝てないだけの状態だということをみんなが知っているからだ。ただ、私の帰り際に電話をくれて、最後に一言「しばらく 来なくていいですから・・・」そう言っていたキッシーさんが私は好きである。
後日談となるが、翌日気合を入れなおして帽子岩に出かけた彼はしっかりと、私の釣ったサケにそっくりなメスを釣り上
げたと話していた。あっぱれ!
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